Johnny One Time

うさぎと犬と似非哲学者がダラダラとカオスな日常を綴るどうでも良い空間。

引っ越しと風水

不況に伴い持ち家を購入する人々が減ったとはいえ、転勤族でない限り数年単位で引っ越しを繰り返す家庭はそう多くないのではないかと思う。そして家というのは衣食住の中でも何より大切なものだとわたしは考えている。究極を言えば雨風を凌げる家があれば、衣服や食べ物などどうにでもなる。賃貸にせよマイホームにせよ、家ほど維持費のかかるものもないわけだし、日頃の疲れも家の状態によってだいぶ癒されるものである。逆に言えば、それだけ家が精神状態にもたらす影響というのは非常に大きいわけで、その家屋内や土地の日当たりであったり便宜上の問題など住環境の良し悪しを判断するうえで風水というのはけして占いという言葉で括ってはならないものだとわたしは思う。占いといえば、なんとなくオカルティックなイメージがつきやすいが、風水はオカルトでもなんでもなく、恐らくは迷信でもなく、それなりに守っていたほうが心地良く暮らせるルールのようなものだと思う。
たとえば、こんな話を聞いたことがある。
警察関係者の談で、犯罪を起こす人間の家は大抵が散らかっている、特に水周りの汚さが目立つ、と言うのだ。職業柄、統計的に多いというだけのことで、そこに占いやら風水やらが絡んでいるわけではない。しかし、『トイレの神様』で有名になった古くからの言い伝え、トイレを掃除すると幸せになれる、そういう迷信じみたものが現実に、大きく精神的な影響を与えるのは間違いないのかもしれない。
家がもたらす影響は計り知れないと最初に感じたのは、以前に住んでいた家から前の家に引っ越しをした時のことだ。以前住んでいたのは3LDKの大きなマンションだったが北向きの1Fでリビングが暗く、また犬を飼っているということもあり締め切っていたから玄関を開けた時になんとも言えない獣臭と薄暗さが目立つ場所だった。働いていたから朝と夜しか基本的には家にいない。それで気が付きにくかったのもあるが、何故かしら隣近所からの苦情も多く、全体的に住み心地というか居心地の悪さが目立つ家だった。
家の居心地といえば、人間以上に、ペットにもたらす影響も大きいのかもしれない。なぜなら、その苦情だらけの家から出て別のマンションに越したあとも、ずっと同じ犬と暮らしているわけだが、一切苦情が来ない。前の、日当たりの悪い1Fの家では、犬がきちんとトイレを決まった場所でしなかったために、畳の部屋にブルーシートを張って対策を講じていた。しかし次の家では自分のトイレをしっかり覚えて、そこ以外の場所では一切しなくなった。
そして、今回、また新たに引っ越しをしたのだが、そこでもやはり、トイレの問題は懸念材料だった。しかし、住んでみると、勝手に部屋を出て行って自分のトイレで用をたす。あまり無闇矢鱈と吠えるわけでもなく、おとなしく日々を過ごしている。引っ越した夜は、さすがに落ち着きがなかったが、2〜3日経ってみると適当にそこら辺に寝転がってマッタリと過ごしている。
今の家に関しては、交通の便が悪いためにギリギリまで此処にするか悩んだという経緯がある。家との相性、という意味でその辺りに少し不安を感じていたが、一方ではこの家しかないという流れもあったなと思う。ペット可物件をいくつか見に行ったが、家賃、立地、室内のどれを取っても今の家以上の物件はなかった。結局、交通の便というところだけは涙を呑むことにして決めた家だったが、隣家が友人の友人だったりという偶然にも恵まれ、恐ろしいほど快適に新生活が始まっている。
運命、偶然、そんなものが多々あるとは思わないが、家に関しては風水も参考にしつつ、自分が見に行った時に、気に入らない部分がどこにあるのかを直感めいたもので捉えながら、妥協できる部分なのかどうかを考える必要がある。
少しでも嫌な気になる場合は、やめておいたほうが良い。
交通の便に関しても、これが、自分の地元でなければもう少し迷ったと思う。たまたま土地勘のある場所なので不便とはいえ『分かる』という心強さのほうが大きく、家を決めるための大きな妨げにはならなかった。
こうして見つけた家に、いつまで住めるか分からないところが賃貸の怖さでもあるが、住むからには出来る限りみんなが心地良くいられる環境を保っておきたいと思う今日この頃である。