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Johnny One Time

うさぎと犬と似非哲学者がダラダラとカオスな日常を綴るどうでも良い空間。

マイルドヤンキー論

「マイルドヤンキー」という言葉を初めて聞いたのは2014年の夏頃だった。博報堂の原田某氏が提唱したのがきっかけで、日本の新しい経済ターゲットという意味で研究(?)した結果のネーミングなのだとか。詳しいことはあまりよく分からないが、ヤンキーという言葉から連想しがちな悪めいた雰囲気をなくして「友達」「家族」「地元」愛、といった昔のヤンキーに通じる部分を持った若者達のことを示している。このマイルドヤンキーと呼ばれる人達は基本的に地元から出ず、半径5km以内で生活をしているらしい。都会に出て食いっぱぐれて貧困生活を送るぐらいなら、地元に残って親元の援助を受けながら早めに結婚し、家族や友人の繋がりを支えに子育てや介護をしていく、というのが彼らの未来図である。
20代前半で結婚し、30代に入る頃には子供が小学生ぐらいになっていて欲しい、そんな未来を描ける彼らが羨ましいと心底思う。
わたしは、小学校の時に転校し、その後私学に進んだため地元意識というものが全くない。そもそも転校先の小学校ではいじめられていて、それが嫌で地元の学校に進まなかったタイプなのである。したがって地元の友達はいないし、地元愛もまったくない。生まれた場所からも離れているし、「地元」という概念が分からない。どちらかというと、今でいうマイルドヤンキー的なタイプの周囲に拒否されいじめられて、はみ出してきた人間にとって地元は居心地の良い場所ではない。いやでも出て行かざるをえなかった人間にとって、このマイルドヤンキー的なタイプの人間は羨ましい限りではないたろうか。少なくとも、わたしは地元で一生生きていける人々を強いと感じる。
結婚にしても、近くの幼馴染やその兄弟姉妹と結婚する、親も幼い頃から見知った仲で、だから嫁姑問題なんてのも発生しにくい。子育てをするのにも近い場所に友達がたくさんいて、両親も近くにいるからすぐに助けてもらえる。
転勤族の夫と結婚したわたしから見れば、仕事の関係でも一生居場所を変えなくて済むというのが羨ましい。しかし、一方で自分の生まれ育った「地元」がある意味「無い」わたしには、転勤族の夫と結婚するのが正しい道だったようにも思える。
そう考えた時、ふと「連鎖」という言葉が思い浮かんだ。つまり、両親が地元に密着していると自ずと子供も地元に密着するようになる。なぜなら、そもそもの生活基盤が動かないからだ。一方、両親が定住しない、転勤族であった場合は基本的に子供も幼い頃は転々とするわけで、「地元意識」は非常に薄れるのではないか。両親が地元に密着するには、その両親がまた地元に根付いていないと難しい。そういう意味で、地元愛は連鎖している。そこからはみ出してしまった、しかもキャリアもないわたしのような人間は、地元に密着して生活をする同世代を羨ましく思いつつ、都会でひっそりと貧困生活を送るしかないのである。