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Johnny One Time

うさぎと犬と似非哲学者がダラダラとカオスな日常を綴るどうでも良い空間。

5月病?

GW明け早々、仕事山盛りのうえにトラブルまで降りかかってきて体力はさほど使わないが頭と気を遣い胃が痛くなってきたご様子のわたしです。 
カレンダー通り出勤してたんだが、3連休、3連休の中1日だけ仕事に来てみたら逆に効率悪いというか、ボケっとしすぎてミスりまくっとるのに加えて、他部署もミスりまくってるのかこっちにあんま関係ないことで文句言われたりして涙目。まぁ社内だから全然マシだけどね。
しかしなんとなく何もかも嫌になって、投げ出したくなって、そんな時にたまたま母からの用事でLINEが来た瞬間バクハツ。ママーー!ってなってしまった。仕事中なのに仕事とあんま関係ない愚痴を入れまくった挙句、母の優しさが身に染みてトイレで泣いてしまいました。仕事中にトイレで泣くなんて、まるで先輩にいじめられる新入社員のような感じですが、立派に三十路超えたオバハン、しかも仕事と関係のない「母の優しさ」に涙するという異常っぷり。疲れてんのかしら。
でも、そうやって母に甘えられるわたしは、誰よりも恵まれていると思って、そう思えばまたその幸せから涙が生まれるのです。意味不明。
泣き虫の最大の理由は閉塞感。
仕事はどれだけ頑張ったって先が不安定な立場、なのに日々の大半を費やして働かなければならない。働かなければならない理由もイマイチ分かんないから、ヤル気もイマイチ。でも与えられた仕事はこなして、それ以上のことをするつもりで取り組む、だからたぶん仕事の評価は悪くないけど、頑張ったところで時間と体力取られて辛いだけなんだよね。やり甲斐があるない関係なく生活のために働かなくてはならないのだけど、しかも実際は不安定ながら今の職場ってすごく恵まれてる、恵まれてるがゆえに余計、ワガママになってしまうのかもしれないです。なんかね、働きたくないけど働くのは好きで、安定した職に就きたいけど探すのが面倒で、頑張りたくないけど頑張ったって意味ないけど頑張ってしまう気性で、暇だと時間を持て余すのに持て余す時間がなければしんどくなってくる。ここから抜け出したいような気もするけど、抜け出したところで自分になにができるわけでもなく、緩慢な日常に甘えてる。こういう感覚って、ここ数年ずっと感じているんだよね。落ち着きたいけど落ち着くと落ち着きたくなくなってくる、落ち着かない日々だと落ち着きたくなる、の繰り返し。の結果、取り返しのつかないことを仕出かしてしまったり。って犯罪行為ではないけどね。結局なにやっても後悔がなんとなく芽生える。これ以上ないくらい、やりたいようにやって、もしかするとこの世の中で誰か一人くらいはわたしのこと羨ましいって思う人もいるかもしれないってぐらいには幸せなのに。どうして満足しないんだろう。どうして時折、どうしようもなく悲しくなるんだろう。
もう何年も、心のどこかがすっぽり空いたまま。
なにをやっても虚しい感覚って、すごく辛い。
泣き言言ってもまた、明日にはちゃんと笑って過ごすんだろうけどね。
こんなはずじゃなかった、なんていう人生にはしたくないから、そう思わないように自分で自分の人生は責任持って背負っていこうと思っているし、今までそうやって生きてきた。でもなー、やっぱりこんなはずじゃなかったんだよ。いや、どうせこうなるって分かってたのかな。どこにいたって誰といたって、もう使い古してきたこのわたしがいまさら劇的に変わるわけもなくて、だからなにをしてたってわたしはわたし、こーんなどうしようもないカスみたいな甘えん坊のままなんだろうなとか達観して、出来れば苦しいことや辛いことからは逃げ出そうとしてる。逃げられないこともきっとあるけれど、立ち向かうよりは逃げ出すかあるいは流されるほうが楽。そして、流されながらその中で新しい自分を発見することはある。だから変わらないようで本当は少しずつ変わっているのかもしれないけど。

ここ数年で、今が一番、我慢強いとは思う。
だって、逃げ出せないし、もう逃げたってきっとどこへも行けないか、逃げた先でも同じことを繰り返すだけだって分かってるから。

この我慢は、いつまで続くのだろう。
きっと一生続くんだろうな。

自分でへし折った未来の希望を取り戻すことは、もう二度と出来ない。