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Johnny One Time

うさぎと犬と似非哲学者がダラダラとカオスな日常を綴るどうでも良い空間。

蛍の森

著者、石井光太。どこかで見たことのある名前だと、本屋でその小説を手に取った時にふと思った。しかし、本に付けられた帯には『ミステリー』と書いてある。家には数百冊の本が転がっているが、ミステリー小説を書く作家で石井光太という作家には覚えがない。暫く考えて、ふと「あの本の著者が似たような名前だった」と気づいた。
『絶対貧困-世界最貧民の目線』 
何年か前に購入したノンフィクション。発展途上国の最貧民ばかりに視点を当てて、その暮らしを冷静かつ踏み込んだ内容を描いた興味深いルポルタージュだった。
石井光太氏は1977年生まれ、わたしとそう変わらない世代の人である。それだけに、この人の視点で描かれる『貧困問題』は、非常に共感出来てしまうのだ。
Wikipediaで読んだ彼の経歴がそうであるように、わたしもまた、それなりに恵まれた日本の中流家庭に育ち、その育ちゆえのコンプレックスの裏返しが最貧民の生活、また差別問題といったものに深い興味を抱くきっかけとなっているのかも知れない。自分自身は貧困も、差別も、あからさまに感じたことはない。しかし、わたし達の世代はちょうど思春期を迎える頃にハンセン病然り部落問題然り、現代にも続く過去からの差別問題に裁判など一応の決着が見られたという世代であり、他にもいわゆる歴史の真実といったものを暴くような書籍が世に出て、例えば自分達の親世代が教育されてきたことやものの考え方と、全く違う目線であらゆる歴史を見つめ直すことが出来始めた頃でもあった。差別をおかしいと感じ、おかしい理由も明るみに出て、では何故差別があったのかという原因を知ることが出来たからこそ、未だ残るものにも目を向ける。石井光太氏は、そんな世代の代表的なノンフィクション作家であるーと、『蛍の森』を読むまではそう思っていた。
しかし、この小説を読むと、この人はノンフィクション作家だけではなく、れっきとした『小説家』なのだなと思い知らされた。
ハンセン病という、差別の根深い、未だ語られるのが難しい題材を使い、他の文献を読み漁った後だけに、けしてフィクションであるといえ誇張ではないと思える峻烈な差別が引き起こす問題を鮮やかに描き出している。たった数十年前でも差別は明らかに存在し、数十年以上前の事件が今を生きる人間にも脈々と影響を与えているというのは、事実だ。
その貧困や差別の中でも逞しく生きていく人々の姿に、石井光太の愛を感じる。反面、どこまでも救われぬ彼らの人生には憤りを感じざるを得ない。
差別は、わたしのような人間が、たった一人差別をしなかったとしても全く影響しない。いや、どれだけ偉い人が声高らかに叫んだとしても、その目が行き届かぬ場所では永遠に続くやも知れない。それでも、ノンフィクション、フィクション問わず、目を背けたくなるような内容をあえて書くことで、様々な、特に若い人にその愚かさが伝われば良いと切に願う。

『蛍の森』、ラスト涙を流しました。
こういう小説を映画化してほしいと思うのですが、難しいんですかね。