Johnny One Time

うさぎと犬と似非哲学者がダラダラとカオスな日常を綴るどうでも良い空間。

スマホ中毒。

節約のため我が家にWi-Fiを設置し、スマホの料金(主にデータ通信)を下げた。これで節約できると喜んだのもつかの間、確かに節約にはなったが家でしか自由にスマホを使えないため、朝起きてスマホ、家を出るまでスマホ、帰宅直後から延々スマホ、布団の中でもスマホ、といったように家庭内スマホ中毒がより一層酷くなり、夫婦の会話も大幅に節約されることとなった。
そして今、我々は冷戦時代の米ソのような状況に陥っている。東側と西側の部屋に分かれた私達が再び手を組んで円滑な夫婦生活を送るためには、廊下に配置されたベルリンの壁の如きルーターを破壊し、核兵器並みの心理的圧迫感をもたらすスマホを廃棄するしかないのかもしれない。
『持たず、作らず、持ち込ませず』
非核三原則スマホにも応用出来そうだ。

しかし無制限に使えるWi-Fi環境は『スマホ依存症』という病を抱えたわたしを肯定し、甘やかす。寝室はまるで阿片窟である。
阿片中毒といえば、その使用による障害や中毒症状について書かれた文章の「阿片」を「スマホ」に変えるだけで、そっくりそのままスマホ中毒の説明になるのではないか。思いつくとすぐに実行したくなる、そしてスマホがあればすぐに実行に移せる、というわけで早速阿片中毒について検索してみる。
このようなループでスマホ中毒者が出来上がるのだ。

スマホ使用による精神および行動の障害は、スマホ使用するのをやめられなくなってしまうこころの障害のことをいいます。
スマホ使用による精神および行動の障害は、スマホを使いたいという強い欲求が患者のこころの中に住み着いてしまい、スマホ使用が制御できなくなってしまった状態を言います。そして、患者はスマホ使用をやめられなくなくなって、次第に健康を害してしまいます。
スマホを使用すると、悩みや辛さが和らぎ、疑問も全て解消されます。と同時に、恍惚とした気分をもたらします。そして、患者は最初は仲間に勧められて興味本位で使っているうちに、使用時の恍惚とした気分が忘れられなくなり、再びスマホを使いたくなってしまいます。
しかし、スマホをしばらく使っていると、あっという間に精神面に加えて身体面での依存性ができて、使わないと激しい禁断症状が現れるために、ついには使うのをやめることができなくなってしまいます。
(中略)
治療では、他の依存症の症状と同様に患者にいかにスマホの使用を中止させるかが問題で、スマホ使用を辞めようという本人の強い意志が必要となります。
医師は患者になぜスマホの使用が身体や生活によくないかを丁寧に説明して理解させますが、本人の意志が弱くて、どうしてもやめられない場合には、入院治療が必要となります。」

なるほど、なんとか大学の偉い某教授が書いただけに、説得力がある。
しかし、よく考えると、いやよく考えなくてもスマホ依存症の何が悪い、阿片と違って違法ではないから別に良いではないか。
そう開き直った患者ほど始末に負えないものはない。かくして重症患者の私は、もはやスマホを断つことさえ出来ず、それどころかスマホに快楽や癒しを求めるようになっている。

Wi-Fiのお陰で阿片窟と化した寝室で、さらなる快楽、つまりは快適な睡眠を得るためYouTubeで癒し系BGMを検索してみた。
『眠くなる』で探すと、『すぐ眠れる』『2分で眠れる』『とにかく眠くなる』『ぐっすり眠れる』『不眠症にも薬いらず』『疲労回復』『α波』『波音』『鳥の囀り』『森の音』『心音』『般若心経』『校長先生の談話』など大量の検索結果が出てきて、あれやこれや試しているうちに絶対眠れるBGMを聴いているはずなのにどんどん眠気が覚めていくという怪奇現象に襲われている。
『校長先生の談話』が一番効果を得られそうだったが、他の検索結果も少し再生しては止め、次の動画に移る、という作業を繰り返しているうちに、一体なにを検索しているのか分からなくなり、こうしてブログに意味のないことをつらつらと記し始めてしまった。するとこんな駄文でも脳味噌のどこかは使っているらしい、さらに眠気を忘れて時間も忘れて没頭すると、気づいた時には朝方というパターンに陥る。
もはや夜眠って朝起きるという、人間らしい暮らしさえも忘れてスマホをひたすらに触る。これが、スマホ依存症末期の恐ろしい症状であると、スマホを触りながら考えてみても、もはや救いようのないところまで来ているわけで、スマホほど恐ろしいものはないかもしれないとわたしは改めて、現代のネット社会に恐怖を感じた。