Johnny One Time

うさぎと犬と似非哲学者がダラダラとカオスな日常を綴るどうでも良い空間。

ラッシュアワー。

御堂筋線はいつもダダ混みで、そしてほぼいつも、うんこ臭い。それが、夏のこの季節になるとさらに汗の臭いと混ざり合い、素晴らしいハーモニーを生み出している。特に、朝のラッシュアワーは酷くて、ぎゅうぎゅう詰にされた人間と人間の隙間は殆どない。そして隙間なく詰め込まれた人間達は、息苦しいほどに狭いパーソナルスペースと同じくらい狭くなった心で、横に広がる脂肪のかたまり、すなわちおばちゃんを睨みつける。
その、ボンレスハムのようなおばちゃんが圧縮袋に詰め込まれる布団みたいな顔で懐かしい一言を呟いた。
「ほんまラッシュアワーてかなわんな。」
ラッシュアワー!
映画のタイトルかウーマンラッシュアワーでしか耳にしたことがないこの単語。さて、最近のメディアは「ラッシュアワー」という表現をしないのである。「通勤ラッシュ」である。「通勤ラッシュ」と「ラッシュアワー」はイコールなのか。そこを突っ込み出すと長文がさらに長くなってしまい頭痛が痛くなりそうなので我慢。
とにかく、ラッシュアワーという言葉を久々に聞いたわたしは、そこに「ビヤホール」や「」と同じような懐かしい昭和の香りを感じた。
調べてみると、すでに50年前は今と変わらぬラッシュアワー。50年前といえば産めよ増やせよ殖産!富国強兵…ではなくて、なんとなく楽しそうな高度経済成長期。源氏鶏太の小説に出てくるようなサラリーマンがうようよしていた頃である。
しかし実は50年どころの話ではなく、大正時代に作られた、わたしの十八番でもある『東京節』の歌詞から、すでにその頃東京市電がラッシュアワーに悩まされているのが分かる。どうやら東京名物の一つだったらしい。それではいつから、というとなんと明治43年(1910年)頃からすでにラッシュアワーが始まっているという資料があるから驚かされる。ちなみにその電車マニア向けの資料によると、同じ頃、武線(中央線)中野~昌平橋で、【婦人専用電車】が登場という記載があった。
中野~昌平橋間で朝夕の混雑時に実施されたようだが、この沿線には、お茶の水師範付属女学校、学習院女学部、蓋葉女学校など多くの女学校があり、男子学生たちは、女学生で満員になった電車を花電車と呼んでいた程で、当時の風紀上よろしくないという事で実施されたようだ。今から100年前、すでに女性専用車両があったというのだからこれまた驚かされる。

日本は戦争で一度なにもかも失い、今ある環境はまるで戦後初めて得たもののように扱われているが、戦前の暮らしは非常に文化的で、知れば知るほど今の暮らしとあまり変わらない。チョンマゲに二本差しが街を闊歩していた時代からたった40年で市電が通る大都会が出来上がるなんて、いったい世界のほかの、どの国が実現し得たであろうか。そういう国の国民として生まれたことを、わたしはなにより誇りに思う。

はてさて、地下鉄御堂筋線のうんこ臭い匂いから出発した今夜の思考回路列車は、思いの外感動的な終着駅にたどり着いたようである。